都に雨の降るごとく
7月2日。しとしとと雨です。
梅雨明け宣言がまだなされていない東京では、いつまでも飽きずに雨が降り続いています。
今日はドビュッシー作曲の「都に雨の降るごとく(Il pleure dans Mon Coeur)」を取り上げようと思います。
和訳するとなんか演歌みたいですが、断じて演歌ではないのです…。
作詞者・作曲者紹介
作詞者
ポール・ヴェルレーヌは(1844〜1896)フランスの象徴派(19世紀末)の詩人です。この象徴主義とは、自然主義(事象を観測して真実を描く運動)と高踏派(ロマン派の反動として客観的で技巧上の完成を重んじる一派)への反動として、内的世界を象徴的に表現しようとする流れのことを言います。(難しいな…。)
学業を放棄して安酒場に通ったり、政治運動に参加してパリから逃げたり、少年だった詩人ランボーにとりこになり、結婚生活を破綻させてまでランボーと諸国を移動しながら共同生活を送ったりと破天荒な人生を送りました。
1873年にはそのランボーに拳銃を向け、傷害事件を起こして2年の懲役に服します。この『都に雨の降るごとく』は詩集『無言の恋歌』の3番目に入っており、獄中にいる際に友人の手によって出版されました。
作曲者
クロード・ドビュッシーはフランスの作曲家です。(1862〜1918)印象派などとまとめられますが、その旋法的なメロディ書法、全音階による組織化、機能和声とは違う独自の和声法などは、20世期の音楽に絶大な影響を与えました。
9歳の頃、ヴェルレーヌの義母に基礎的な音楽の手ほどきを受けます。
その後10歳でパリ音楽院に入学。当初はピアニストを目指していました。
彼はピアニストとしても極めて高い技術の持ち主で、そのことはスコアからも読み取ることができます。
その後ピアニストを諦めて伴奏にうつり、また作曲を手掛けるようになります。
学生時代から気難しく内向的で、女性問題が絶えない困った方だったようです。
ローマ賞(フランスの作曲の登竜門。1663〜1968)に幾度も挑戦、支援者のおかげでロシアやイタリアなどを渡り歩き、自分の表現を探していきます。その後象徴派詩人ステファヌ・マラルメの自宅サロンに通う唯一の音楽家にもなりました。
この『都に雨の降るごとく』は歌曲集『忘れられたアリエッタ』の第2曲で、1887年3月にパリで完成されました。
楽曲について
全曲に渡って、しとしとと降り止まぬ雨を16分音符でピアノが表現し、左手がテーマを浮かび上がらせます。ピアノ、ピアニッシモの指定がいたる所に散見され、弾く際にはかなり繊細な表現が求められます。
曲中、陰鬱な街に降る雨と、心に忍び寄るかなしみがオーバラップするような描写や、上から降りしきる雨に対して、視点が下から上に向かうような声部の動きがあるなど、極めて精緻な技術で書き上げられています。雨の街と、歌い手の映像が浮かんでくるようで、譜読みの際は短い映画を見ているような不思議な感覚になりました。
Il pleure dans mon coeur
Comme il pleut sur la ville;
Quelle est cette langueur
Que pénètre mon cœur?
O bruit doux de la pluie
Par terre et sur les toits!
Pour un coeur qui s’ennuie,
O le bruit de la pluie!
《大意》
私の心に雨が降る
ちょうど街の上に降り頻る雨のように
この物憂さはなんだろうか
心に沁み入っていく
嗚呼、しとしと降る雨の音
足元や屋根を打ち続ける
物憂い私の心のために
嗚呼、雨の音が!
第3連では、「理由もないのに涙が流れる」と歌われています。
ですが、私はここで『本当は理由がわかっている』という風に思えてならないのです。
ともかく歌い手は、普通の心の状態ではないのでしょう。それは何かを失ったことを認めたくないところから来るのでしょうか。あるいは自分の抱えている何らかの罪と向き合いたくないということから来るのでしょうか。
Plus lentの部分では雨音を圧して心の中の言葉が前面に出てきてしまいます。(楽譜最下段)
ちょっと不気味な美しさを持つ部分です。
Il pleure sans raison
Dans ce coeur qui s’écoeure.
Quoi! nul trahison?…
Ce deuil est sans raison.
C’est bien la pire peine
De ne savoir pourquoi,
Sans amour et sans haine,
Mon coeur a tant de peine!
【大意】
訳もなく、心に雨が降る
うんざりとした私の心に
なぜか?裏切りなどなかったのに…?
理由のないこの悲痛
この酷いかなしみは
その所以がわからぬため
愛があるわけでもなく、憎しみがあるわけでもない
ただ心に痛みが満ちていく
どこで聴けるの!?
このスリリングな歌は、7月25日(日)、光が丘美術館で行われるコンサート「Midsummer Concert 〜詩の木陰にて〜」の第一部で聴くことができます。ソプラノは歌手飯田映理子、ピアニスト髙橋悠之輔。第二部では二胡奏者寺岡拓士を招いてトリオとなります。
真夏に一服の清涼を感じられるようなプログラムです。ぜひお越しください!
Midsummer Concert 詳細&チケット申し込みページ
こぼれ話
練馬区、あるお店で
某ピアニスト:ドビュッシーてのも内向的で攻撃的な人でね…
店主:内向的で攻撃的なんてあるの?
お客さん:たまにいるよ、そういうの。一番めんどくさい奴だよ(笑)
某ピアニスト:(ごめん、クロード…。悪気はないのですよ。)